文化・社会よもやま話

新旧大陸10ケ国余を巡った社会人類学者の文化あれこれ

外国で大人がジャンケン?!

先日MLBのエンジェルスの試合を観ていたところ、大谷選手が同じチームのマーシュ選手とジャンケンをする光景が目に入った。そこで思い出したのが、かれこれ7,8年前のドイツ代表とスコットランド代表のサッカー試合である。審判がコインの携帯を忘れたため、ジャンケンで先攻を決めた出来事があった。審判はそれなりの責任を問われたとのことだが、ジャンケンが日本以外で、しかも大人がしているゲームであることを知った。そういえば2012年にもベルリンのサッカークラブの選手がバイエルン・ミュンヘンの選手とジャンケンでキッカーを決めるということもあった。日本の子供の遊びとばかり思っていたジャンケン⊛を、海外で、しかも大人がしていることに驚いた。

⊛本稿では、明治期以来戸外や室内で異年齢自由集団によって行われてきたじゃんけん遊びを「ジャンケン」あるいは「ジャンケンゲーム」として記している。

 

そこで周りの外国人にジャンケンについて尋ねてみた。フランス人、アルゼンチン人、ブラジル人、それに日系ブラジル人のいずれも50歳代の知り合いにそれぞれの国でジャンケンをしたことはあるかと聞いてみた。面白いことに何れもジャンケンを知ってはいるが、自分はしたことがないということであった。フランス人によれば、ルールが複雑で理解できなかったし、サッカーなどで先攻後攻を決めるにはその辺の枯れ枝を二本拾ってきて、その枝の長短で決めていたという。世界のジャンケンを紹介した本を見ると、フランスのジャンケンは石、ハサミ、木の葉、井戸の4竦みと紹介されている。グー、チョキ、パーの三竦みの日本の一般的ジャンケンよりもっと複雑だろう。フランスのジャンケンは日本のように誰でも知っているゲームではないのかもしれない。アルゼンチンの知り合いも、ジャンケンは知っているが、子供が遊ぶのは「パンとチーズ(pan y queso)」と向かい合った二人がそれぞれ言いながら踵とつま先をつけながら一歩一歩歩を進め、相手の足の上に到達した方が勝ちというものだそうだ。ブラジル人の場合もジャンケンは知っているが、子供の頃に遊んだのは「偶数か奇数か(par ou impar)」と言って手の指をそれぞれ出して両方を足した数が、偶数か奇数かを問うものだったという。そういえば50年ほど前のこと、ブラジルで生まれて親と共に日本に帰国した友人が、ブラジルのジャンケンはそれぞれ出した指の数を合わせて奇数か偶数かを言い当てるのだといっていた。ブラジルでは奇数偶数が判る年齢はいくつからなのかと思いもしたが、この遊びを通じてブラジルの子供は早くから奇数偶数が判るようになるのかもしれないと思った。2世の日系ブラジル人は、日本移民の町では子供達はジャンケンをしていたが、そこ以外では奇数偶数遊びだったという。ブラジルの偶数奇数遊びは、同じように偶数か奇数を言い当てるイタリアの「ピンポンパン大砲爆弾に(Alle bombe del cannon pim pum pam)」とよく似ている遊びである。ブラジルにはイタリア移民が多いことから、イタリアの習慣が持ち込まれたのかもしれない。米国にもイタリア移民が多いところにはこの遊びがあるということを聞いたことがある。では、野球やサッカーの試合で私が目にした大人による決定手段としてのジャンケンはたまたまだったのか。

先日ブラジル人の知り合いが、ひとつ情報をくれた。ブラジルで2014年に出版された初心者用のポルトガル語テキストに、「ジャンケン」が掲載されているという。「コイントス」、「ビンゴゲーム」、「宝くじ」などといったブラジルのポピュラーなくじやゲームの単語が並ぶ頁に、「石・紙・はさみ(またはジョケンポー)pedra, papel, tesoura (ou joquempô) 」も掲載されている。決して子供の遊びの一つとしては紹介されてはいない。さらに書籍のタイトルにも用いられているのを見つけた。ブラジルの南部の州で2008年に出版されたアンソロジーのタイトルが『石・紙・ハサミ―第38回ワークショップ短編集』とされ、表紙のデザインには石紙ハサミの指の形が障子を背景にちりばめられている。15人の若手の作家が未発表の短編小説を掲載して読者にその評価をしてもらおうという意図で結果の判らない難しいゲームに挑戦したというコメントがつけられている。つまりジャンケンを先の見えないことに挑戦するゲームに例えているのだ。

現在、カナダと米国ではプロのジャンケン世界大会を毎年開催する2つの組織がある(「世界石紙ハサミ協会(World Rock Paper Scissors Society-WRPS)」及び「世界石紙ハサミ連合(World Rock Paper Scissors Association-WRPSA)」)。一つは2002年に、もう一つは2015年に結成されている。2002年に国際ゲームとしてのルールを標準化して以来、「世界石紙ハサミトーナメント大会」が開催されている。スポンサーによる支援やテレビ放映を通じて欧米諸国で知られるようになり、カナダ、米国、英国、オーストラリア、ニュージーランドノルウェーハンガリー諸国はこれらの世界大会に代表選手を送り出すために、自国内でチャンピオン大会を開催している。2019年の英国のチャンピオンの賞金は2万ポンド、米国の賞金は5万ドルが準備されていた。またギネスブックによれば、これまで最多の競技者が参加した大会は2014年に米国のインディアポリスで開催されており、その数は2950人であったという。欧米以外でも開催されている。例えば、2008年の北京オリンピック後にスポンサーである米国のビール会社の名を冠した国際チャンピオンシップが北京で開催されている。今や諸外国ではジャンケンは、日本人が考える子供の遊びを超えた役割を担っているようだ。

さらに、諸外国の子供は日本のジャンケンの光景とは異なる場面でジャンケンに参加している。フィリピンでは昼の人気バラエティ番組のプログラムの一つに賞金付きのジャンケンゲーム(“Jackpot En Poy”)があって、大人と子供がペアを組んで勝ち抜き合戦をしている。米国では、放課後に子供を預かる活動をしているNPOがジャンケンの普及活動をしている。また身体を鍛える手段の一つとしてジャンケンが活用されている。ジャンケンして負ければ○○体操、勝てば▽▽体操、あいこならば××体操というように利用している。ブラジルでは、幼児教育の専門家が子供の知育の発達にとジャンケンを紹介している。学校での体育の科目の一つとしても取り入れられている。チャンネル登録者90万人を超える人気俳優のYouTubeでは、10代の子供が教室で二手に分かれてジャンケンをゲームとして競っている動画が掲載されている。「石・紙・ハサミゲーム」から着想を得て創作された石を象徴する男性、ハサミの姿をした男性、優しく美しい紙を象徴するかのような女性といった3人の登場人物が物語を展開する短編アニメもある。

以上のように賞金を伴うプロが参加する「石・紙・ハサミ」大会が存在すると同時に学習教育科目の一つのように扱われるジャンケンは、明らかに現在の日本のジャンケンとは異なっている。では、こうした各国のジャンケンは、いつ、どのように広がったのだろうか。

1920年代から30年代にかけて来日した英国、フランス、米国のジャーナリストがそれぞれの国にジャンケンを紹介している。当時は日本のこの遊びの珍しさから注目され紹介されたと思われる。以後日本の諸外国との関係発展に伴いジャンケンが知られるようになったと言われている。しかし、上述したような21世紀における諸外国のジャンケンの展開に直接繋がったとは考えにくい。さらに日本企業の経営が世界のお手本とされるようになった80年代以降に日本の子供がジャンケンをするのを外国人はそれほど頻繁には目にしていないだろうし、海外駐在員が各国でジャンケンをして広げたとも思われない。先述した知り合いの外国人が10歳頃と思われる1970年代から80年代には、ジャンケンはまだ彼らの生活の中に取り入れられていなかったようだ。にもかかわらず、21世紀に入るとともに石紙ハサミ選手権大会が各国で開催されるようになったり、教育の場面に登場するようになったりした理由は何なのだろうか。そこで、先の外国人にどのようにしてジャンケンを知ったのかを尋ねると、日本のアニメからだというのだ。いわゆるポップカルチャーと言われるようになった日本の漫画やアニメの流行は、20世紀の末以降のことである。

海外で人気の代表的漫画として「ワンピース」、「NARUTO―ナルト―」、「ドランゴンボール」の3点が挙げられるようだ。いずれも少年向け漫画週刊誌に80年代から90年代に掲載が始まった作品である。21世紀にはアニメや映画さらにゲームとしても開発された。冷戦後のグローバル化とITの普及、さらに日本外務省のポップカルチャーによる日本文化普及政策を背景に世界各国で注目されるようになったといえよう。

これら3作品の中でジャンケンに繋がる漫画は、アクション漫画の先駆けとなった「ドラゴンボール」である。「ドラゴンボール」は1995年に米国で放送が開始され、1998年には人気を呼び、日本アニメ浸透の契機を創り出した。その後ビデオゲームでも浸透し、2009年には20世紀ホックスが実写映画を製作しハリウッド映画として全世界で公開された。北米の他、ヨーロッパ諸国や南米、中東で人気を博しているという。とりわけブラジルでは「聖闘士星矢」と「ワンピース」と共に日本以上の人気を呼び、独自の「ドラゴンボール」のアニメまで制作されている。主人公孫悟空の戦闘の場面とサイヤ人としての変身場面が好まれている。TVアニメとしては世界80ケ国以上で楽しまれている。バトルを通じて敵を仲間にしながら強く成長していく孫悟空の姿が描かれ、この過程で多数の技が使用される。主人公が少年時代によく使用したのが「ジャン拳」である。酔拳、猿拳、龍拳、狂拳など「ドラゴンボール」には多数の拳技が登場するが、拳遊びから着想を得たジャン拳以外は架空の技である。

この「ドラゴンボール」が、21世紀初めに注目されるようになった諸外国におけるジャンケンゲームと繋がったと考えられないだろうか。だからこそ、日本の子供のジャンケンでは見られない光景であるスポーツとしての、しかも大人も楽しむゲームとして取り入れられたのではないだろうか。

こうした海外でのジャンケンの人気に日本でも反応があった。2011年と2018年に新たに「日本じゃんけん協会」及び「日本じゃんけん連盟」が結成されている。詳細は不明だが、協会は会員400名以上を数え、勝利の確立を統計学から検討しようとしているようだ。連盟は社会文化かつジェンダーの違いを乗り越える新たなコミュニケーション手段にさせたいとしてじゃんけん大会も開催している。江戸時代から楽しまれたという拳遊戯を今日に伝える団体が存在するが、上記2つの「日本じゃんけん」団体はいずれとも関係なく結成されている。このことを考慮すると今世紀になって新たにジャンケンを活用しようという意図のもとに結成されたようだ。

明治時代以来子供の拳遊びと理解されてきたひとつの日本の文化が大人も楽しむゲームに再解釈されようとしている。これは海外における「石紙ハサミゲーム」と「ドラゴンポール」の影響と考えられるのではないだろうか。また、江戸時代の遊郭で楽しまれていたといういくつかの拳遊びから生まれたとされるジャンケンの祖先帰りにも似ている。ある社会の一つの文化が、異なる社会で再解釈されて、再度もとの社会に伝えられた時、新たな側面を持って伝えられた。ダイナミックに変容する文化の一事例であろう。