文化・社会よもやま話

新旧大陸10ケ国余を巡った社会人類学者の文化あれこれ

チョコレートとヨーロッパ

チョコレートとヨーロッパ

                         三 田 千 代 子

 先日、ヨーロッパ旅行のお土産と、素敵なベルギーのチョコレートをいただいた。

 ヨーロッパ産のチョコレートを手にするといつも思うあることがある。「なぜチョコレートがヨーロッパ土産なのだ」と疑問に思う。チョコレートの材料のカカオ豆はメソアメリカ原産だし、今でこそアフリカがカカオ豆の主要な生産地となってはいるが、ブラジル、エクアドル、ペルー、コロンビアといった南米諸国も健在である。さらに、今日の甘いチョコレートには砂糖が必要だ。砂糖の原料の砂糖きびも原産地はパプアニューギニアで、インドを経てヨーロッパに伝えられたものだ。現在では、ブラジルとインドで世界の砂糖生産量の半分を生産している。せいぜいヨーロッパ産といえるのはヨーロッパの牧場で育ったであろう乳牛のミルクだ。そんなことを考えながら頂戴したチョコレートを口にしながらたどり着くのはいつも、作物が世界をめぐって新しい文化が創り出されてきたのだと勝手な得心をすることである。

 高貴な飲み物、あるいは貨幣としてかれこれ4000年ほど前からメソアメリカで利用されていたココア豆がヨーロッパに紹介されたのは1502年で、コロンブスが数回目の新大陸探検の時にスペインに持ち帰ったといわれている。その後、アステカ帝国を征服したエルナン・コルテスが、トウガラシやバニラ、トウモロコシの粉を加えた飲料としてココアが用いられていることをスペイン王室に伝えている。ココア豆の飲料そのものが最初にヨーロッパに紹介されたのは、1544年、マヤ族の使節スペイン王国を訪問した時とされている。トウガラシやトウモロコシの粉の入ったカカオの飲み物は、想像しただけでもおいしいものとは思えない。薬効が信じられたからであろうか、その後スペイン王国は植民地でカカオの栽培を展開している。16~17世紀には西インド諸島やジャワ島にその栽培が広がり、18世紀にはブラジルで、19世紀には西アフリカで栽培が始まった。こうした背景には、ヨーロッパでの需要とカカオを原料にした新たな嗜好品の誕生があったからだ。

 重商主義の下で出現した大航海時代は、アジア、アフリカ、アメリカの各地から珍しい物をヨーロッパにもたらした。茶は中国から、コーヒーはエチオピアから、そしてカカオはアメリカからいずれもほぼ同時代にヨーロッパに薬用として伝えられた。これらに砂糖が加えられて嗜好品となるには、薬として導入された砂糖の生産地が拡大し、生産量が増大した結果である。インドから地中海を経て大西洋を渡り、ブラジル、西インド諸島に砂糖きびプランテーションが拡大し、「世界商品」としてヨーロッパ商人がこぞって扱った。

 紅茶もコーヒーも砂糖を加えさせすれば、容易に甘露な新しい飲み物となった。しかし、ココアの場合は少々違った。

 砂糖きびとカカオの栽培地を植民地に所有していたスペインは、トウガラシの代わりに、砂糖を加えて苦みを軽減することまでは思いついた。とはいえココアは依然薬用であった。17世紀半ば、スペイン王家からフランス王家に嫁いだ王女が、ココアの飲料をフランスに伝えた。カカオ栽培地を植民地に持っていたイギリスにもココア飲料が伝えられ、ロンドンには「チョコレート・ハウス」なるものが出現した。17世紀末、アイルランド王国の医師、ハンス・ストーンがジャマイカで水に溶かしたココアに出会ったが、口にすることができず、牛乳を入れてみた。ミルク・チョコレート・ドリンクの誕生である。18世紀に入るとこのチョコレート飲料はお洒落な飲み物として貴族の間で流行した。

 チョコレートが今日のような固形になるには、19世紀の技術革新が、「チョコレート4大技術革命」をもたらした結果である。オランダのバンフォーテンの創業者が1828年にカカオ豆を圧搾機でココアバターとココアパウダーに分離する方法を開発し、水なしでも飲める口当たりなめらかなココア飲料を開発した。続いて、苦みや酸味を除くダッチプロセスも開発した。それから20年後、イギリスでジョセフ・フライが固形チョコレートを開発した。これによって硬く長持ちするチョコレートが出現したのである。さらにおよそ30年後にはスイスの薬剤師のアンリ・ネスレがチョコレート職人とミルクチョコレートを開発した。そして最後にスイスのロドルフ・リンツがカカオの粒子を滑らかにし、カカオの風味を引き出す、コンチェと呼ばれる機会を発明した。これらの新技術開発の結果、工場での量産が可能となり、今日のようにチョコレートを一般市民が楽しめる時代が到来したのである。

 人気のヨーロッパ土産のチョコレート、その原材料は、確かに、ヨーロッパ以外からもたらされたものである。しかし、これらの材料を組み合わせて、チョコレートという新たな食文化を創り出したのはヨーロッパ人の知恵と技術だったのである。

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