「傘空祭り」という文化伝播
日本全国、とりわけ関東地方の有料無料の庭園や公園の10カ所以上で、「アンブレラスカイ(傘空祭り)」と銘打ったフェスティバルが4月から6月にかけて開催されている。梅雨の季節にアジサイを愛でるというのが開催者側の大方共通している意図のようだ。アジサイの花が並ぶ小道の空一面につるしたカラフルな雨傘を楽しんでもらおうという演出だ。例えば埼玉県飯能市のムーミンバレーパークでは、そこに一歩踏み入れた瞬間から多数の傘が織りなす幻想的な世界が広がる。バラで有名な神奈川県の横浜イングリッシュガーデンは、5月から6月にかけて「アジサイフェスティバル」を開催し、およそ50メートルに及ぶバラのトンネル内にアジサイの鉢と雨傘を展示している。バラのトンネルに色鮮やかな多数のアジサイの鉢が並べて置かれその上空には花の形をした雨傘が多数つるされ、梅雨の季節を楽しく演出している。
アジサイとは関係ない「アンブレラスカイ」を開催するところもある。群馬県の甘楽町立公園「甘楽総合公園」では、「かんらde アンブレラスカイ」と称する催しを4月中旬頃から6月初めころまで開催している。480本に及ぶ7色のカラフルな雨傘が全長90メートルにわたって空を彩ると同時に、傘は地面にも美しくその影を落とし、視線の上と下に広がる光景は訪れた者を楽しませてくれる。
要するに、梅雨の季節に観光客を呼び寄せる催しの一つとして空を雨傘で埋める「アンブレラスカイ」を開催していると言える。日本国中に広がるこの「アンブレラスカイ」の催しはどこから始まったのだろうかとふと思った。そこで調べてみると、ポルトガル中部のアヴェイロ(Aveiro)地方の人口4万6000人ほどの小さな町アーゲダ(Águeda)で、2012年8月に始まった“Umbrella Sky Project”といわれる傘空祭りが、その起源だと分かった。
アーゲダ市内の6カ所の通りで1万本に及ぶ雨傘が空に向かって広げられる傘空祭りである。なかでも16世紀のポルトガルの著名な詩人カモンエスの名を冠したルイス・デ・カモンエス通り(Rua Luís de Camões)の傘空祭りが有名だ。カモンエス通りは全長500メートルほどのショピング街で、ヨーロッパならではの整然とした街並みに石畳みの通路が続いている。この通りの上空5メートルほどのところに、色とりどりの傘が無数に浮かび、アーゲダの古い街並みにカラフルな雰囲気をもたらしている。傘は鮮やかな原色のものから半透明なものまで様々で、合計3000本にもなるという。晴天の日の光景は格別で、澄み切った青空の日差しが傘を透過し、左右に建物が立ち並んだ街路に光が万華鏡のように映し出される。CNNは、傘で飾られたアーゲダのカモエンス通りを世界で最も美しい通りの一つとして紹介している。またArchitectural Digestは、アーゲダを世界で最も美しい街とさえ評価している。さらに、2023年にはこの傘空祭りが、観光部門でポルトガルツーリズム賞を受賞し、以来アーゲダの傘空祭りは、ますます注目されるようになった。7月1日から9月30日まで開催される傘空祭りは、ヨーロッパのヴァカンスの時期に重なっている。
さて、このアーゲダの傘空祭りが、開催されるようになった背景には、2006年から始まったアーゲダの芸術祭アジターゲダ (Agitágueda, Agitar(揺り動かす)とÁguedaを合わせた造語)がある。アーゲダ芸術祭が7月に開催されるため、参加者の日射病や熱中症が心配される。こうした問題を避ける目的で当時の市長が、芸術祭が開催される通りや会場を傘で覆うことを提案した。市長は、傘を広げて空間移動するメアリポピンズから着想を得たという。傘で覆われた通りを設置したことによって夏のアーゲダ芸術祭は、多数の観光客で賑わうようになった。2024年の統計によれば、23日間の芸術祭に足を運んだ観光客は94万人に及んでいる。またこの都市芸術祭の期間に、アーゲダを訪れた国内外のアーティストやバンドは、2006年以後で総数1500人を超えている。
7月4日から26日まで開催される2026年の都市芸術祭では、音楽コンサート、ストリートエンターテインメント、ヨガの実演やサイクリングのようなスポーツ、壁画、フォークソング、手工芸品展示会、花火大会などが無料で開催される。さらに建物と建物の間にある狭い階段や街路に置かれたベンチにも絵が描かれたりする。こうした芸術活動が空に並んだカラフルな傘の下で行われるのである。
ポルトガルの傘空祭りは、フランス、スペイン、バーレーン、米国、日本といった諸国に積極的に紹介され、それぞれの地で固有の展開をみせている。いわば傘空祭りというポルトガル文化の伝播である。とはいえ、日本とポルトガルの傘空祭りを比べてみると大きな相違がみられる。ポルトガルでは、傘であってもそれは日除けに使用され、日本ではアジサイの季節に梅雨を凌ぐ象徴として使用されている。両者の傘の意味は全く正反対であるが、いずれも傘空祭りの主人公としての役割は担っている。文化の伝播には、このように時としてもともと意図された本来の機能は隅に追いやられ、伝播された地の文化や風土に応える形で再生される例もあることが判る。 (2069字)
2026年7月8日
参考文献
https://portugalwithkids.pt/place/umbrella-sky-project
https://agitagueda.com/conseito/
https://www.oroshistadium.com/blog/umbrella-sky/
https://www.seiburailway.jp/file.jsp?id=27566
https://www.veltra.com/jp/yokka/article/umbrella-sky-spot/
その他