文化・社会よもやま話

新旧大陸10ケ国余を巡った社会人類学者の文化あれこれ

夏の夜空

夏の夜空

                             三 田 千 代 子

夜の闇が迫った8月のある日、図書館での調べ物を終えて爪先上がりの小道を歩いて行くと西の空にはいつも目にする宵の明星が、南東には月に寄り添うようにオレンジ色の豆電球のようなものが目に入った。それは私が考える白や黄色の光を放つ星とは異なっていた。目にした瞬間、「何が空に浮かんでいるのか」と思った。動かないところをみると流れ星でも人工衛星でも飛行機でもなさそうだ。そこでふと閃いたのは、「15年振りの火星大接近」というメディアの報道であった。そうか、火星はこんな色をしているのかと、しばし立ち止まって眺めた。決して「きれい!」という印象ではなかった。とはいえ、齢70を超える私が人生で火星の存在を肉眼で認識した始めての瞬間であった。プラネタリウムで観る火星ではない。正真正銘の火星を目にしたのである。

帰宅してネット検索すると、2003年(8月27日)の「火星大接近」が21世紀の大接近とあり、この時の地球との距離は5575万㎞とあった。今年(2018年7月31日)の「大接近」は5759㎞で、2003年には及ばないがそれに準ずる「大接近」とのことである。火星と地球は2年2か月程の周期で常に接近はしているようであるが、これら「大接近」といわれるような数値は、過去では約6万年前で、今後は280年後のことになるらしい。となると、2003年の「大接近」を見逃しているのだから、今年の「大接近」は改めて眺めておかねばならない。書斎の窓から再度月と火星を眺めた。

それにしても、大都会東京の夜空に浮かぶ星の数は情けない程わずかである。肉眼で見えるのは、金星に月に木星に今回の火星程度である。とはいうものの、月明かりがなければ天の川も見られるはずで、それに伴って織姫彦星も認識することができる。時々飛行機のライトが夜空を賑わしてくれることもあるが、素人が目視できる東京の夜空の星はこの程度である。ぽつんぽつんと見える星を眺めながらいつの間にか私は、かれこれ20年前に見たブラジル北東部地方の半乾燥地帯の満天の星を思い浮かべていた。

ブラジル滞在中は調査に追われ、滅多に夜空を眺めることはなかった。ある日調査が長引き日が暮れてしまい、宿泊先のホテルに帰り着くことができなくなった。そこでしかたなく、人口7000人余の小さな田舎町(Fazenda Nova)に宿泊することになった。町の人口数にしてはあまりにも立派なホテルがあることが判り、とりあえずそこに宿泊することにした。聞けば、世界最大の野外劇場(Teatro do Nova Jerusalem )があり、キリストの生涯が演じられる聖週間には、町の人口が35万人に膨れ上がるという。町の人口とのバランスを欠いた立派なホテルの存在の理由がここにあったかと納得した。ブラジルの半乾燥地帯は定期的に干ばつに襲われる生活環境の厳しいところである。しかもカトリック王国ポルトガルの植民地として早期に開発が開始されたところであることから、伝統的にカトリック信仰が根強いところである。それがこうした法外な野外劇場を作り出したのであう。

夜ホテルを出て、町唯一の娯楽施設であるバールに行く途中の道は闇の中にあった。その道をドームのように夜空がすっぽり覆っていた。自ずと星空が目に入ってくる。夜空を埋め尽くすばかりに犇めいている星の数に圧倒された。時には流星が静寂の夜空に賑わいをもたらしていた。星が満天に輝くためだろうか、空は薄く靄がかかっているようにさえ見えた。南十字星と偽十字星はなんとか確認できたが、南半球で目にするその他の星の名はよく分からなかった。強いて言えば、北半球では南に見えるオリオン座が、反転したような形で北の空に輝いていた程度である。

オリオン座は冬の空に光る三ツ星が目印となる。三つ並んで輝いているのでつい地球との距離は同じかと思ってしまうが、一番近いミンタカでさえ687光年、一番遠いアルニラムは何と1977光年と、2~3倍距離の違いがある。光の進む速さを距離にして測定する1光年とは9兆4600億㎞であるから、ミンタカにしてもアルニラにしても人間が実感できるような距離ではない。金星、火星、地球、土星は太陽という恒星の惑星で、太陽系と呼ばれるが、太陽系がその一部を構成している銀河系は数百億とも数千億ともいわれる恒星によって形成され宇宙に浮かぶ銀河の一つである。オリオン座も太陽系同様にこの銀河系の一部である。宇宙には銀河系とは別の銀河が2000億もあるだろうといわれている。そんな宇宙の広がりなど到底想像すらできない。そんな未知の宇宙の点にもならないような地球という星に人類はたったこの40万年程生きてきたにすぎないのだ。数多ある星のなかの地球という星に人類が誕生できたのは、確かにいくつかの物理的要因が存在したであろうが、地球誕生から約45億年、その最後の40万年前に人類が誕生し、今こうして人々は多々コミュニケーションを交わしながら生きているのは奇跡としか思えない。憎んだり、けんかをしたりしている場合ではない。この稀有な体験を大切なものとしたい。(2018/9/6)